4月から6月は残業しないほうがいいの?社会保険料について考えてみます!

「4月から6月は残業しない方が良い」って聞いたことありませんか?残業すると何の負担が増えるのかご存知でしょうか。
社会保険料の決定方法がこの言葉の背景にあります。社会保険料がどのように決まるのかや、本当に残業しない方が良いのかについて考えてみたいと思います。
ポイント
- 4月から6月の収入で標準報酬月額が決まり、それに応じて社会保険料が決まる
- 残業によって増える収入は社会保険料の増加額より大きい
- 制度を見直して欲しいものの、過度な働き控えは避けたい
目次
1. 社会保険料の算出方法
「4月から6月は残業しない方が良い」というのは、この3ヶ月の給与が社会保険料の算出に影響を与えるからです。
社会保険と社会保険料については、以前の投稿「サラリーマン向け社会保険料 基本のキ!!」にて詳しく解説していますが、概要をおさらいしておきます。
社会保険とは、会社に勤める正規社員や、一定の条件を満たした非正規社員に加入が義務付けられている公的保険の総称です。社会保険に加入することにより、医療費の負担軽減、老後の安心、出産・育児等のライフイベント保障などが受けられるようになります。
社会保険には、厚生年金保険、健康保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5種類があります。このうち、労災保険は全額事業主負担なので、その他の4つの保険については事業主とともに加入者(従業員)も保険料を負担します。この加入者が負担する分を合計したものが、一般に言われる社会保険料です。
どの保険も保険料は給与・賞与の金額に応じて支払うようになっていますが、4つの保険で雇用保険だけ計算方法が異なっています。まず、厚生年金、健康保険、介護保険の3つは以下のように計算します。
給与: 保険料 = 標準報酬月額 x 保険料率
賞与: 保険料 = 標準賞与額 x 保険料率
ここで、標準報酬月額は以下の表にように決められています。健康保険と厚生年金で範囲が異なっています。
標準報酬月額
さて、ここでいう報酬月額は通常は7月1日に在籍している事業所において、その前3ヶ月(4月、5月、6月)の報酬の平均を使用して標準報酬月額とし、その年の9月から翌年の8月まで使用します。これを定時決定と言います。標準報酬月額は定時決定の他、入社した際に標準報酬月額が決まる資格取得時決定や、著しく報酬が変動した際に標準報酬月額を変更する随時改訂という制度もあります。4月、5月、6月の3ヶ月は残業を抑えた方が良いと言われるのは、この時期の報酬をもとに社会保険料の計算の基準となる標準報酬月額が決められるためです。
次に賞与についてですが、標準賞与額とは賞与の額から千円未満の端数を切り捨てた金額になります。ただし上限が設定されており、健康保険については年度の累計額573万円(年度は4/1から翌年3/31まで)、厚生年金は同一月の支給につき150万円が上限となります。
次に雇用保険ですが、次のように計算します。
給与: 雇用保険料 = 給与支給額 x 雇用保険料率
賞与: 雇用保険料 = 賞与支給額 x 雇用保険料率
このように雇用保険については標準月額ではなく支給額を基準に保険料が決まります。
それぞれの保険における加入者が負担する保険料率は、以下のようになっています。
厚生年金保険料の料率は18.3%で、労使折半なので加入者の料率は9.15%になります。
健康保険の保険料率は加入している組織ごとに異なります。協会けんぽの保険料率は都道府県ごとに決められていますが、健康保険組合の場合は各組合ごとに保険料率が異なります。東京都で協会けんぽに加入している場合の保険料率は9.98%で、労使折半なので加入者の料率は4.99%になっています。
介護保険の保険料率も健康保険同様加入組織ごとに異なります。協会けんぽの場合は全国一律1.6%で、労使折半なので加入者の料率は0.8%になります。介護保険は40歳から加入することになります。
④雇用保険
令和7年度の雇用保険の保険料率は1.45%で、事業主負担0.9%、加入者負担0.55%となっています。(出典: 厚生労働省「令和7(2025)年度 雇用保険料率のご案内」)
ここで社会保険料の収入に対する割合を考えてみます。まず、雇用保険以外の3つの保険(厚生年金保険、健康保険、介護保険)の基準となる標準報酬月額、標準賞与額は上限に達するまでは年収に比例して増加しています。雇用保険の保険料計算には、標準報酬月額、標準賞与額を使いませんが、給与・賞与支給額に対する定率ですので、年収に対する社会保険料の割合を概算として捉えたい場合は、おおよそ保険料率の合計だと考えられます。
4つの社会保険料率を合計してみると以下のようになります。
社会保険料率
= 厚生年金料率 + 健康保険料率 + 介護保険料率 + 雇用保険料率
= 9.15% + 4.99% + 0.8% + 0.55%
= 15.49%
このことから、社会保険料は年収の約15%、そのうち厚生年金保険料が10%弱、健康保険・介護保険・雇用保険の合計が5%程度と覚えておけば良いと考えられます。
2. 残業による収入増の影響
社会保険料の仕組みが理解できたところで、残業で収入が増えた場合の影響を試算してみます。1章で解説したとおり、社会保険料は加入している健康保険や地域によって料率が異なりますが、この試算では月収の15%として計算することにします。とりあえず社会保険料への影響を見たいので、所得税・住民税についてはここでは考えないことにします。
試算では、月収40万円の人が4月から6月の3ヶ月間毎月20時間残業した場合を考えてみます。会社によっては、残業代が当月払いではなく翌月払いの場合もありますが、当月払いの場合で考えます。翌月払いの場合は、3月から5月の残業と考えてください。
月の所定労働時間を160時間と仮定すると、時間単価は40万円/160時間=2,500円になります。残業の割増率を25%とすると、20時間の残業代は2,500円x20時間x1.25=62,500円になります。
ここで、1章で確認した標準報酬月額表を見てみます。残業なしの時は月収40万円なので、標準報酬月額は41万円になります。残業20時間の場合は月収462,500円なので、標準報酬月額は47万円になります。4月から6月まで、3ヶ月間3ヶ月残業ゼロの場合標準報酬月額は41万円、3ヶ月毎月20時間残業した場合標準報酬月額は47万円ということになります。この差額の6万円分社会保険料が高くなるので、社会保険料率を15%とすると月額9,000円高くなります。大幅な昇給や減給がない限りこの標準報酬月額が1年間続くので、年額にすると108,000円高くなる計算です。
3ヶ月の残業代は62,500円x3ヶ月で187,500円ですから、その差額分約8万円手取りが増えていることになります。手取りが下がってしまうわけではないのですが、労働対価の半分以上を社会保険料に取られてしまうというように考えることもできるので、「4月から6月は残業しない方が良い」と思う人がいる訳です。
上の例は具体的な数値で検証しましたが、もう少し一般化してみましょう。上で見たとおり、残業代による増額は必ずしも標準報酬月額の増額と等しくはなりません。しかし、ほぼ等しいと仮定するならば、残業による手取りの増額分は標準報酬月額の差額の3ヶ月分です。一方で、社会保険料の増額分は標準報酬月額の差額の15%の12ヶ月分です。標準報酬月額の差額をDとおくと、手取りの増分と社会保険料の増分は以下のようになります。
手取りの増分: D x 3ヶ月=3D
社会保険料の増分: D x 15% x 12ヶ月=1.8D
3D>1.8Dですから社会保険料が増えても手取りが減るわけではないということが言えます。
3. 厚生年金給付額への影響
保険料が高くなる面について2章で確認しましたが、厚生年金の老齢給付金への影響はどの程度あるのでしょうか。老齢給付の報酬比例部分は、標準報酬月額を用いて算出されるので、残業によって増えた分老齢給付が増えるはずです。
報酬比例部分の年金額は以下のように計算します。
報酬比例部分 = 2003年(平成15年)3月以前の計算額 + 2003年(平成15年)4月以降の計算額
2003年(平成15年)3月以前の計算額
= 平均標準報酬月額 x 7.125 / 1,000 x 2003年(平成15年)3月までの加入月数
※平均標準報酬月額: 2003年(平成15年)3月以前の加入期間について、標準報酬月額の総額を、2003年(平成15年)3月までの加入月数で割った額
2003年(平成15年)4月以降の計算額
= 平均標準報酬額 x 5.481 / 1,000 x 2003年(平成15年)4月以降の加入月数
※平均標準報酬月額: 2003年(平成15年)4月以降の加入期間について、標準報酬月額と標準賞与額の総額を、2003年(平成15年)4月以降の加入月数で割った額
2章で示した例では、残業をしない場合の標準報酬月額が41万円、残業をした場合の標準報酬月額が47万円でした。2003年以前の金額は変わりませんので、標準報酬額の増加によって増加する報酬比例部分の増額金額は以下になります。
報酬比例部分の増額金額 = 標準報酬月額の差額(6万円) x 5.481/1000 x 12ヶ月
= 3,946円
実際の年金計算の場合は、再評価率という数値を乗じることになるので、直近の再評価率0.922を使うと、3946円x0.922=3,638円/年となり、月額で約300円年金額が増えることになります。2章で確認した社会保険料の増加額108,000円の元を取るには、108,000 / 300 = 360ヶ月、すなわち30年かかることになります。65歳から受給を開始して95歳まで生きると元が取れる計算です。社会保険料の増加額は厚生年金保険の増価額だけでなく、他の社会保険料も含んでいますが、あくまで元を取るという意味で全額で計算しています。
報酬比例部分の年金額の計算については、「年金額の計算と改定の仕組みご存知ですか?改定率の算出方法やここ数年の推移をまとめてみました!」の投稿で詳しく説明してありますので、そちらも参照いただければと思います。
4. 働き控えに対する考察
「4月から6月は残業しない方が良い」と言われる背景と、実際に残業代が増えた場合の影響について試算してきました。
ではなぜ働き控えが起きるかというと、そもそも3ヶ月の収入実績のみで保険料が決まる仕組みだからです。このような働き控えは、年収の壁でも起こっている制度上の問題なわけで、この標準報酬月額の定時改定制度を抜本的に見直すべきだと思います。
標準報酬月額の算出にも使われていますが、ある幅の収入金額を一括りに扱うという制度も課題が多いと思います。これはそろばん・電卓で計算していた頃の名残りで、できるだけ計算量を減らすための工夫なのだろうと思いますが、コンピュータリソースがふんだんに使える現在ではナンセンスだと感じます。金額をリニアな計算式で導けば、無用な働き控えは無くなるはずです。
一方で、社会保険制度をセーフティネットとして機能させるために、収入の高い人に相応に負担してもらうという考え方を導入している以上、働き控えをするのではなく、収入に応じて負担して欲しいとも思います。
ちょっと働き控えとは離れますが、国民年金(基礎年金)と国民健康保険という1階部分の財政が弱すぎて、保険料の負担が重すぎるという問題もあると感じています。基礎年金の方は年金制度改革の中で論点となっていますが、健康保険制度もかなり抜本的な改革が必要だと思います。
5. まとめ
社会保険料に関する働き控えのひとつとして、「4月から6月は残業しない方が良い」という説の背景、および収入が増えた場合の影響について試算してみました。年収の壁もそうですが、働き控えを起こす必要のない制度への転換が望まれます。また一方で、手取り収入が減らない場合には過度な働き控えをしない方が良いとも感じています。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
1級ファイナンシャルプランニング技能士
CFP®️認定者
1級DCプランナー
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