公的年金の老齢給付については、65歳からの受給が原則になっています。この原則に対して、希望すればもっと早くから、もしくはもっと遅らせて受給できる制度があり、早くから受け取ることを繰上げ、遅くから受け取ることを繰下げと言います。繰上げすると年金額が減額され、繰下げすると年金額が増額される仕組みになっていますが、損益分岐点となる年齢はどう変化するのでしょうか。
繰上げ・繰下げ制度がどのようになっているのかを確認した上で、損益分岐点となる年齢について計算してみます。その上で、受給開始年齢をどう決めたら良いか考えてみます。
- 老齢年金は原則65歳から受給開始だが、60歳~75歳の範囲で繰上げ・繰下げ受給が可能である
- 繰上げは減額率0.4%/月、繰下げは増額率0.7%/月である
- 損益分岐点となる年齢は計算できるが、資産状況や健康状況などを考えて自分が納得できる受給開始年齢を選択することが重要
老齢年金の繰上げ・繰下げ受給
老齢年金は65歳から受け取ることが原則ですが、希望すれば60歳から75歳までの間で受給を開始することができます。65歳より前に受給を開始することを繰上げ受給、65歳より後に受給を開始することを繰下げ受給と言います。
繰下げ受給
繰下げ受給を行う場合、65歳から受給できる老齢基礎年金と老齢厚生年金の金額に、加算がなされます。加算額は以下の計算で求めます。
加算額 = (65歳から受給できる老齢年金) x (1+増額率)
増額率 = 0.7% × 繰下げ月数
例えば1年繰下げを行う場合、0.7%x12ヶ月=8.4%受給額が増加します。老齢基礎年金、老齢厚生年金、どちらか一方のみ繰下げすることも可能です。また、増額率は一生変わりません。繰下げを希望して、65歳到達時には年金の請求を行わなかった場合でも、実際の年金の請求時に繰下げの申し出をしないで、65歳到達時点の本来の年金をさかのぼって請求することも可能です。
繰下げ受給にはいくつか注意点があります。特に注意が必要なのは、老齢厚生年金における加給年金、および老齢基礎年金における振替加算は増額の対象にはならないこと、および年金を受け取っていない繰下げ待機期間中は、加給年金および振替加算を受け取ることができないことです。
加給年金は年金の配偶者手当、家族手当的な意味合いを持つ制度です。厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある方が、65歳になった時点で、その方に生計を維持されている配偶者または子がいるときに加算されます。また、配偶者の加給年金の額には、老齢厚生年金を受けている方の生年月日に応じて、35,400円から176,600円が特別加算されます。
加給年金および特別加算の金額は以下のようになっています。
対象者 | 加給年金額 | 年齢制限 |
---|---|---|
配偶者 | 239,300円 | 65歳未満であること |
1人目・2人目の子 | 各239,300円 | 18歳到達年度の末日までの間の子 または1級・2級の障害の状態にある20歳未満の子 |
3人目以降の子 | 各79,800円 |
受給権者の生年月日 | 特別加算額 | 加給年金額の合計額 |
---|---|---|
昭和9年4月2日から昭和15年4月1日 | 35,400円 | 274,700円 |
昭和15年4月2日から昭和16年4月1日 | 70,600円 | 309,900円 |
昭和16年4月2日から昭和17年4月1日 | 106,000円 | 345,300円 |
昭和17年4月2日から昭和18年4月1日 | 141,200円 | 380,500円 |
昭和18年4月2日以後 | 176,600円 | 415,900円 |
日本年金機構「加給年金額と振替加算」より引用
加給年金は、対象となっている配偶者が65歳になると打ち切られます。この時、配偶者が老齢基礎年金を受けられる場合に、一定の基準により加算がなされます。これを振替加算と言います。振替加算の対象者は昭和41年4月1日以前の生まれなので、現役世代の配偶者で対象となる方は少ないと思われます。
ちなみに、加給年金については、共働き世帯の増加など社会状況の変化等を踏まえ、減額、廃止の方向で年金制度が見直される予定です。加給年金の見直しに関する詳細は、「年金改革関連法案⑥子どもの加算が増えて配偶者の加算が減る?!年金制度における子や配偶者に係る加算について」の投稿にて詳しく解説しています。
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」
- 日本年金機構「加給年金額と振替加算」
繰上げ受給
繰上げ受給を行う場合、65歳から受給できる老齢基礎年金と老齢厚生年金の金額から減額がなされます。減額金額は以下の計算で求めます。
減額金額 = (65歳から受給できる老齢年金) x (1-減額率)
減額率 = 0.4%※ × 繰上げ月数
※昭和37年4月1日以前生まれの方の減額率は0.5%
なお、繰上げを行う場合は、老齢基礎年金と老齢厚生年金を同時に繰上げする必要があります。
- 日本年金機構「年金の繰上げ受給」
繰下げ受給時の損益分岐年齢
繰下げ受給を行なった場合、繰下げ期間中は年金がなく、受給開始後増額された年金を受け取ることになります。ここでは、繰下げ受給時の累計年金受給額が、65歳から受給した場合の累計年金受給額を上回る、損益分岐年齢を試算してみます。
ちなみに収入が年金のみの場合でも、所得税、住民税、介護保険料、国民健康保険料等の支払いが発生します。これらの支払いは年金額によって変動するので、損益分岐年齢に影響しますが、ここでは単純に年金受給額のみで試算してみます。また、年金額は毎年見直されますが、ここでは定額を前提に計算します。

65歳から老齢年金の受給を開始した場合と、n年繰下げを行った場合での累計年金受給額を計算してみます。65歳で受給を開始した場合の年金額をPと置くと、x年後の累計年金受給額はxPになります。
65歳から受給を開始した場合のx年後の累計年金受給額 = xP
n年繰下げを行った場合の年金額は、1月あたり0.7%の増額なので以下になります。
n年繰下げ時の年金額 = (1+0.7%x12ヶ月xn年)P
= (1+0.084n)P
x年後の累計年金受給額は、上の増額された年金を(x-n)年受給することになるので、以下のようになります。
n年繰下げした場合のx年後の累計年金受給額
= (x-n)(1+0.084n)P
損益分岐点では、上の金額が65歳から受給を開始した場合のx年後の累計年金受給額と等しくなるので、以下の等式が成り立ちます。
xP = (x-n)(1+0.084n)P ・・・ (1)
これをxで解くと以下のようになります。
x = (1+0.084n)/0.084
これは、n年繰下げた時の損益分岐年齢を出す時に使う式です。繰下げは75歳までできるので、nが1から10の場合を表にまとめると以下のようになります。
繰下げ年数 | x | 損益分岐年齢 |
---|---|---|
1 | 12.9 | 77.9 |
2 | 13.9 | 78.9 |
3 | 14.9 | 79.9 |
4 | 15.9 | 80.9 |
5 | 16.9 | 81.9 |
6 | 17.9 | 82.9 |
7 | 18.9 | 83.9 |
8 | 19.9 | 84.9 |
9 | 20.9 | 85.9 |
10 | 21.9 | 86.9 |
また、上の(1)式をnで解くと以下のようになります。
n = (0.084x-1)/0.084
これはx年後に損益分岐年齢を迎えるにはn年繰下げすれば良いことを表しており、78歳から90歳までを表にまとめると以下のようになります。10年までしか繰下げできないので、n>10になる時はn=10としています。
損益分岐年齢 | x | 繰下げ年数 |
---|---|---|
78 | 13 | 1.1 |
79 | 14 | 2.1 |
80 | 15 | 3.1 |
81 | 16 | 4.1 |
82 | 17 | 5.1 |
83 | 18 | 6.1 |
84 | 19 | 7.1 |
85 | 20 | 8.1 |
86 | 21 | 9.1 |
87 | 22 | 10.0 |
88 | 23 | 10.0 |
89 | 24 | 10.0 |
90 | 25 | 10.0 |
自分が80歳まで生きると思うなら、4年以上の繰下げでは損をしてしまうことがわかります。87歳以上生きると思うなら、最長の10年繰下げても損はしない計算になります。
繰上げ受給時の損益分岐年齢
繰下げと同様に繰上げについても、損益分岐年齢を求めてみます。

65歳から老齢年金の受給を開始した場合と、n年繰上げを行った場合での累計年金受給額を計算してみます。65歳で受給を開始した場合の年金額をPと置くと、x年後の累計年金受給額はxPになります。
65歳から受給を開始した場合のx年後の累計年金受給額 = xP
n年繰上げを行った場合の年金額は、1月あたり0.4%の減額なので以下になります。
n年繰上げ時の年金額
= (1-0.4%x12ヶ月xn年)P
= (1-0.048n)P
x年後の累計年金受給額は、上の減額された年金を(n+x)年受給することになるので、以下のようになります。
n年繰上げした場合の(n+x)年後の累計年金受給額
= (n+x)(1-0.048n)P
損益分岐点では、上の金額が65歳から受給を開始した場合のx年後の累計年金受給額と等しくなるので、以下の等式が成り立ちます。
xP = (n+x)(1-0.048n)P ・・・ (2)
これをxで解くと以下のようになります。
x = (1-0.048n)/0.048
これは、n年繰上げた時の損益分岐年齢を出す時に使う式です。繰上げは60歳からできるので、nが1から5の場合を表にまとめると以下のようになります。
繰上げ年数 | x | 損益分岐年齢 |
---|---|---|
1 | 19.8 | 84.8 |
2 | 18.8 | 83.8 |
3 | 17.8 | 82.8 |
4 | 16.8 | 81.8 |
5 | 15.8 | 80.8 |
また、上の(2)式をnで解くと以下のようになります。
n = (1-0.048x)/0.048
これはx年後に損益分岐年齢を迎えるにはn年繰下げすれば良いことを表しており、78歳か90歳までを表にまとめると以下のようになります。5年までしか繰上げできないので、n>5になる時はn=5, n<0になる時はn=0としています。
損益分岐年齢 | x | 繰上げ年数 |
---|---|---|
78 | 13 | 5.0 |
79 | 14 | 5.0 |
80 | 15 | 5.0 |
81 | 16 | 4.8 |
82 | 17 | 3.8 |
83 | 18 | 2.8 |
84 | 19 | 1.8 |
85 | 20 | 0.8 |
86 | 21 | 0.0 |
87 | 22 | 0.0 |
88 | 23 | 0.0 |
89 | 24 | 0.0 |
90 | 25 | 0.0 |
さて、繰下げ、繰上げそれぞれの場合の損益分岐年齢を見てきましたが、結果はとても興味深いものでした。損益分岐年齢から繰下げ、繰上げ期間を求める表を一つにまとめてみると以下のようになります。
損益分岐年齢 | 繰下げ年数 | 繰上げ年数 |
---|---|---|
78 | 1.1 | 5.0 |
79 | 2.1 | 5.0 |
80 | 3.1 | 5.0 |
81 | 4.1 | 4.8 |
82 | 5.1 | 3.8 |
83 | 6.1 | 2.8 |
84 | 7.1 | 1.8 |
85 | 8.1 | 0.8 |
86 | 9.1 | 0.0 |
87 | 10.0 | 0.0 |
88 | 10.0 | 0.0 |
89 | 10.0 | 0.0 |
90 | 10.0 | 0.0 |
明確なことは、80歳以下までしか生きられない場合には繰上げが有利、逆に87歳以上生きられる場合は繰下げが有利です。81歳から86歳はとっても微妙で、例えば82歳の場合は65歳から受給開始するのと、4年繰上げて61歳から繰上げ受給開始する場合、5年繰下げて70歳から受給開始する場合で累計額はほぼ同じであるという結果です。
2023年の日本人の平均寿命は、女性が87.14歳、男性が81.09歳とのことなので、ちょうどこの微妙な年齢帯に入ります。高齢になってからの年金額が高い方が望ましいか、まだ活動できる早い段階から年金をもらえるのが望ましいか、その人の考え方によると言わざるを得ません。
ちなみに、公的年金の繰上げ・繰下げの状況は以下のようになっています。本来の65歳から受給される方が多いのが現状です。
繰上げ | 本来 | 繰下げ | |
---|---|---|---|
国民年金 | 24.5% | 73.4% | 2.2% |
厚生年金 | 0.9% | 97.5% | 1.6% |
厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報(令和5年度)」より引用
我が家の繰上げ・繰下げ方針
前の章を書き上げる前までは、繰上げ受給をした方が良いとの発想はなかったのですが、繰上げも一つの選択肢なのだという思いを新たにしました。私も後1年2ヶ月ほどで本来の受給開始年齢である65歳に到達するので、そろそろ受給方針を決めておきたいところです。
我が家の場合、3歳年下の妻が専業主婦なので、幸い加給年金を受給できます。加給年金は結構な金額ですが、繰下げを行うともらうことができなくなってしまいます。ですので、厚生年金については繰下げを行わず、65歳から受給開始しようと考えています。
基礎年金の方は65歳到達時点では請求は行わず、70歳までは健康状態や経済状況を確認しながら、必要あれば本来の年金を遡って受給するオプションを留保しておくつもりです。
妻の老齢年金については、女性の方が一般に長生きなので繰下げを検討しても良いかなと思いますが、本人の意思を尊重するのが一番だと思うので本人に任せたいと思っています。
まとめ
老齢年金の繰上げ・繰下げ受給について、損益分岐年齢を中心に解説しました。寿命は自分でコントロールできないので、ご自身の資産状況や、健康状況に応じて、悔いのない選択をしていただきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
1級ファイナンシャルプランニング技能士
CFP®️認定者
1級DCプランナー