2025年12月25日、厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会において、高額療養費制度の見直し案が提示されました。

2025年1月に示された昨年案は、患者団体や医療関係者などから強い反対を受け、実施が見送られました。その後、「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」が設置され、患者団体を含む多様な立場からのヒアリングと検討を経て、制度の思想そのものを問い直す議論が行われました。

今回の改正案は、単なる数字の見直しではなく、 「高額療養費制度とは何か」「誰を守る制度なのか」 という根本的な問いに対する答えが示されたものです。

本記事では、「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」の資料をもとに、制度の背景と思想を軸に、昨年案との違いを丁寧に読み解きます。

参考サイト・資料
この記事を特に注目すべき方
  • 高額療養費制度を利用している、または将来利用する可能性がある方
  • 長期療養が必要な疾患を持つ方やそのご家族
  • 医療費負担の見直しが家計にどう影響するか知りたい方
ポイント
  • 見送りとなった昨年案は「全体的な負担増」が前提だったが、今年案は「セーフティネット機能の維持」を最優先として見直しを行なった
  • 長期療養者に影響の大きい多数回該当は完全に据え置き措置となった
  • 月額上限が引き上げられるが、月額限度額に達しない長期療養者を救済する年間上限という新たな仕組みが導入される
  • 70歳以上に適用される外来特例については、月額上限が引き上げられるが、住民税非課税区分に対して年間上限を導入し年間負担を現行と同じにする措置が加えられる

1. 現行制度の思想と構造

高額療養費制度は、医療費が高額になったときに家計が破綻しないようにするためのセーフティネットです。 しかし、その背後には明確な思想があります。

資料を読み解くと、現行制度は次の3つの思想に基づいて設計されています。

  • 応能負担
  • 長期療養者に対する配慮
  • 高齢者への外来診療に対する配慮

【この記事で使われる重要な用語】

  • 応能負担: 負担能力に応じて負担を求める考え方
  • 多数回該当: 過去12ヶ月で3回以上限度額に達した場合、4回目から限度額が下がる制度
  • 外来特例: 70歳以上の外来診療に適用される個人単位の月額上限

1-1. 応能負担

高額療養費制度の限度額は、所得区分によって大きく異なります。 これは、「負担能力に応じて負担を求める」 という応能負担の思想に基づいています。

図表1. 現行高額療養費制度の限度額(70歳未満)
所得区分月額限度額(1〜3回目)多数回該当(4回目〜)
年収約1,160万円〜252,600円+1%140,100円
年収約770〜1,160万円167,400円+1%93,000円
年収約370〜770万円80,100円+1%44,400円
年収〜370万円57,600円44,400円
住民税非課税35,400円24,600円

厚生労働省第209回社会保障審議会医療保険部会「高額療養費制度の見直しについて」より引用

この表は単なる数字の羅列ではなく、 「どこに線を引くか」という行政の価値判断の痕跡 です。

1-2. 長期療養者への配慮

図表1で示した多数回該当は、 「長期にわたり治療が必要な人の負担を抑える」 という思想の象徴です。

過去12か月以内に3回限度額に達すると、4回目以降は限度額が大幅に下がります。

これは、 「長期療養は本人の努力では避けられない」 という前提に基づいています。

多数回該当は、制度の中でも最も思想的な部分です。

1-3. 外来特例

外来特例は、 「高齢者は外来医療の利用頻度が高い」 という前提に基づき、個人単位で月額上限を設けています。

図表2. 現行の外来特例
目安の年金年収
(単身の場合)
窓口負担割合月額上限年間上限
70~74歳75歳~
課税
区分
約383万円~3割3割
約200万円~約383万円2割2割18,000円144,000円
~約200万円2割1割
非課税
区分
~約155万円2割1割8,000円なし
~約80万円2割1割

厚生労働省第209回社会保障審議会医療保険部会「高額療養費制度の見直しについて」より引用

外来特例は、 「高齢者の外来医療費の急増を抑える」 という目的で導入されました。

1-4. 制度の歴史的背景 ― なぜこの形になったのか

高額療養費制度は、1973年の「老人医療費無料化」を経て、 医療費の急増に対応するために整備されてきました。

制度の歴史を振り返ると、 「医療費の増加」と「家計の保護」の間で揺れ続けてきた制度 であることがわかります。

1-5. 現行制度の課題

資料では、次の課題が指摘されています。

  • 高額薬剤の普及で給付費が急増
  • 所得区分が大括りで公平性に課題
  • 外来特例の対象年齢が現状に合わない
  • 多数回該当のカウントが保険者変更でリセット
  • 医療費の見える化が不十分

これらの課題が、昨年案・今年案の背景にあります。

2. 昨年案の思想と問題点

昨年案は、次の思想に基づいていました。

2-1. 医療費の増加に対応し、保険料負担を抑える

高額療養費の給付費は、医療費全体の倍のスピードで増加しています。

行政としては、 「このままでは制度が持続しない」 という危機感がありました。

そのため、昨年案では、

  • すべての所得区分で限度額を引き上げ
  • 多数回該当も引き上げ
  • 外来特例も引き上げ

という方向性が示されました。

2-2. 応能負担の徹底 ― 所得区分の細分化

所得区分が大括りであることが課題とされ、細分化が提案されました。

これは、 「負担能力に応じた負担をより正確に」 という思想です。

2-3. なぜ反対されたのか

昨年案が批判された理由は明確です。

  • 長期療養者の多数回該当まで引き上げ
  • 低所得者への配慮が不十分
  • 外来特例の引き上げで高齢者の負担増

つまり、 「守るべき人を守れていない」 という評価でした。

2-4. 昨年案の制度的リスク

昨年案をそのまま実施した場合、

  • 長期療養者の治療継続が困難になる
  • 低所得者の生活が圧迫される
  • 外来医療の受診抑制が起きる可能性
  • 結果として医療費が増える可能性(重症化)

というリスクがありました。

2-5. なぜ見送られたのか ― 思想の不整合

昨年案は、 「制度の持続可能性」 を優先するあまり、 「制度のセーフティネットとしての存在意義」 を損なわれていました。そのため、さまざまな反発が起こり、最終的には見送ることになったということです。

3. 今年案の思想と制度設計

専門委員会では、次の思想が明確に共有されました。

3-1. 高額療養費制度はセーフティネットである

患者・家族にとってなくてはならない制度であり、諸外国と比べてもこのような恵まれている制度を擁している国はほとんどなく、今後も堅持していく必要がある

これは、昨年案にもあった思想ですが、優先順位が上がったと考えられます。

3-2. 長期療養者への配慮は最優先

多数回該当は、 「長期療養者を守る制度の核心」 と位置づけられ、金額変更はなく据え置きが決定されました。

3-3. 低所得者の生活実態を踏まえる

年収200万円未満の多数回該当額は、 引き下げ という方向に転換されました。

3-4. 応能負担は維持するが、急激な負担増は避ける

所得区分の細分化は行うが、 段階的に実施 し、急激な負担増を避ける設計です。

3-5. 外来特例は「月額引き上げ+年間で調整」

外来特例の月額上限は引き上げられますが、 住民税非課税世帯には年間上限が導入され、 年間負担は現行と変わらない ように調整されています。

3-6. 年間上限という新しい思想

年間上限は、 「多数回該当から外れる長期療養者」 を救済するための新しい仕組みです。これにより、月単位の「限度額」に到達しない方であっても、「年間上限」に達した場合には、当該年においてそれ以上の負担は不要となります。

4. 今年案の制度内容

それでは今年案の詳細を確認していきます。

4-1. 上限額の見直し

図表3. 月額上限の見直し(令和8年8月~)
所得区分月額上限(1〜3回目)多数回該当年間上限
年収1,160万円〜270,300円+1%140,100円1,680,000円
年収770〜1,160万円179,100円+1%93,000円1,110,000円
年収370〜770万円85,800円+1%44,400円530,000円
年収200〜370万円61,500円44,400円530,000円
年収〜200万円61,500円34,500円410,000円
住民税非課税36,900円24,600円290,000円

厚生労働省第209回社会保障審議会医療保険部会
高額療養費制度の見直しについて」をもとに作成

以下が制度改定のポイントです。

  1. 応能負担の再整理
    所得が高い層は限度額が上がり、低い層は据え置きまたは引き下げとなっています。年収200万円未満の月額上限は見た目引き上げられていますが、年間上限41万円が適用されるので実質的には引き下げになります。
  2. 長期療養者の保護を最優先
    多数回該当は全区分で据え置かれています。
  3. 低所得者の生活実態を反映
    年収200万円未満は多数回該当も引き下げられます。

4-2. 多数回該当の据え置き

多数回該当については、専門委員会で患者団体から次のような声が繰り返し出されました。

  • 「多数回該当があるから治療を続けられている」
  • 「ここが上がると生活が破綻する」
  • 「長期療養は本人の努力では避けられない」

行政はこれを受けて、 多数回該当は制度の核心であり、動かしてはならない という結論に至りました。

昨年案では「財政のために多数回該当も引き上げる」という思想でしたが、 今年案では 「財政よりもセーフティネットを優先する」 という思想に転換しています。

4-3. 年間上限の新設

年間上限は、 「月額限度額に達しない長期療養者」 を救済する仕組みです。

月額限度額には届かないが、年間では大きな負担になるケースを救済することが目的です。

  1. 多数回該当の“穴”を埋めるため
    限度額が上がると、多数回該当に届かない人が増えるので、そこを救済することができます。
  2. 高額薬剤の単月処方に対応するため
    年間上限により、単月のみで非常に高額になるケースも救済できます。
  3. 「長期療養者を守る」という思想の徹底
    年間上限は、上記のような特徴を持つため、制度のセーフティネット性を強化する仕組みと考えられます。

4-4. 外来特例の見直し

70歳以上に適用される外来特例は、月額上限が引き上げられると同時に、年間上限が導入されます。

図表4. 外来特例の見直し(令和8年8月~)
目安の年金年収
(単身の場合)
窓口負担割合月額上限年間上限
70~74歳75歳~
課税
区分
約383万円~3割3割
約200万円~約383万円2割2割22,000円216,000円
~約200万円2割1割
非課税
区分
~約155万円2割1割11,000円96,000円
~約80万円2割1割8,000円なし

厚生労働省第209回社会保障審議会医療保険部会
高額療養費制度の見直しについて」をもとに作成

外来特例は、制度創設から20年以上が経過し、 当時と比べて以下の変化が起きています。

  • 健康寿命が延びている
  • 外来受療率が低下している
  • 高齢者の医療費構造が変化

そのため、 「月額上限は見直すべき」 という方向性は維持されました。

しかし、昨年案のように単純に引き上げると、 毎月外来医療を利用する高齢者の負担が急増します。

そこで今年案では、住民是非課税区分に対して

  • 月額上限は引き上げる
  • しかし年間上限を導入し、年間負担は現行と同じにする

という 「調整型の思想」 が採用されました。

4-5. 所得区分の細分化

現行制度では、

  • 年収370万円の人
  • 年収770万円の人

が同じ区分に入っています。

これは、 「応能負担の観点から不適切」 という指摘が以前からありました。

今年案では、所得区分を3分割し、 負担能力に応じたより精緻な制度 に変更されます。

4-6. 昨年案との比較

以下は、昨年案と今年案の思想の違いを整理したものです。

図表5. 昨年案と今年案との比較
論点昨年案今年案
基本思想保険料負担の軽減セーフティネットの維持
長期療養者負担増据え置き
低所得者負担増負担減
外来特例月額引き上げ月額引き上げ+年間上限
年間上限なし新設
所得区分細分化(段階的)細分化(段階的)
実施時期2025年8月〜2026年8月〜

昨年案と比較すると、今年案の思想が見えてきます。セーフティネットとしての機能は守りつつ、持続可能な制度に近づけようとしています。

4-7. 見直しの詳細(一覧)

見直しは、令和8年8月と令和9年8月の二段階で行われます。少し細かいですが、見直しの全体像を一覧にしてここに載せておきます。

図表6. 高額療養費制度の見直し(全体像)
所得区分現行令和8年8月~令和9年8月~
月額上限外来特例
(70歳以上)
月額上限年間上限外来特例
(70歳以上)
月額上限年間上限外来特例
(70歳以上)
約1,650万円~252,600 + 1%
<140,100>
270,300 + 1%
<140,100>
1,680,000
(月額平均140,000)
342,000 + 1%
<140,100>
1,680,000
(月額平均140,000)
約1,410万円~約1,650万円303,000 +1%
<140,100>
約1,160万円~約1,410万円273,000 +1%
<140,100>
約1,040万円~約1,160万円167,400 + 1%
<93,000>
179,100 + 1%
<93,000>
1,110,000
(月額平均92,500)
209,400 +1%
<93,000>
1,110,000
(月額平均92,500)
約950万円~約1,040万円194,400 +1%
<93,000>
約770万円~約950万円179,100 +1%
<93,000>
約650万円~約770万円80,100 + 1%
<44,400>
85,800 + 1%
<44,400>
530,000
(月額平均約44,200)
110,400 +1%
<44,400>
530,000
(月額平均約44,200)
約510万円~約650万円98,100 +1%
<44,400>
約370万円~約510万円85,800 +1%
<44,400>
約260万円~約370万円57,400
<44,400>
18,000
(年14.4万)
61,500
<44,400>
530,000
(月額平均約44,200)
(※1)
22,000
(年21.6万)
69,600
<44,400>
530,000
(月額平均約44,200)
28,000
(年21.6万)
約200万円~約260万円65,400
<44,400>
~約200万円61,500
<34,500>
410,000
(月額平均約34,200)
22,000
(年21.6万)
非課税【70歳未満】35,400
<24,600>
36,900
<24,600>
290,000
(月額平均約24,200)
36,900
<24,600>
290,000
(月額平均約24,200)
非課税【70歳以上】24,6008,00025,700
<24,600>
290,000
(月額平均約24,200)
11,000
(年9.6万)
25,700
<24,600>
290,000
(月額平均約24,200)
13,000
(年9.6万)
一定所得以下【70歳以上】15,0008,00015,700180,000
(月額平均15,000)
8,00015,700180,000
(月額平均15,000)
8,000

※1: 「~200万円」区分に該当することが確認できた者は、年間上限41万円を適用し、令和9年8月以降に償還払い。
※2: 外来特例の対象年齢については、「「強い経済」を実現する総合経済対策」(令和7年11月21日閣議決定)において、「医療費窓口負担に関する年齢によらない真に公平な応能負担の実現」について、「令和7年度中に具体的な骨子について合意し、令和8年度中に具体的な制度設計を行い、順次実施する」とされていることも踏まえ、高齢者の窓口負担の見直しと併せて具体案を検討し、一定の結論を得る。

厚生労働省第209回社会保障審議会医療保険部会
高額療養費制度の見直しについて」より引用

5. 今後の課題と懸念

今回の改正案は思想的には優れていますが、以下の懸念点があります。

  1. プロセスの透明性 – 金額を含む見直し案が突然提示された
    患者団体等からのヒアリングは丁寧に行われた印象がありますが、改訂案に対する議論はほとんどなかったように感じます。より丁寧な事前議論が必要だったのではないかと思います。
  2. 実施時期の適切性
    令和8年(2026年)8月、令和9年(2027年)8月の2段階での実施となっていますが、影響度の割に周知期間が短いのではないかと感じます。
  3. 今後の監視が必要
    本改正実施後の影響調査や、それに応じた制度の微調整も必要となる可能性があります。

まとめ

資料には、以下が書かれています。

高額療養費制度は、セーフティネット機能として患者・家族にとってなくてはならない制度であり、また、諸外国と比べてもこのような恵まれている制度を擁している国はほとんどなく、今後もこの制度を堅持していく必要がある

厚生労働省第209回社会保障審議会医療保険部会
高額療養費制度の見直しについて」より引用

今回の改正案は、この基本認識のもと、制度の持続可能性と患者への配慮のバランスを取った改正案となっています。

この見直し提案までの専門部会の資料や議事録を確認しましたが、議論の過程では、専門部会で丁寧に患者団体等の意見をヒアリングしていました。しかし、金額を含む見直し案は議論が十分されずに突然提案された感覚があります。この議論のやり方が新たな反発となり、再度先送りになってしまう可能性も否定できず、今後の状況を注視したいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

執筆者プロフィール

1級ファイナンシャルプランニング技能士
CFP®️認定者
1級DCプランナー