年金改革関連法案②社会保険料に関わる106万円の壁や130万円の壁はどうなる??
前回の投稿で年金制度改革のうちの「基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了」について説明を行いました。基礎年金の財政上の課題を、過去の経緯を踏まえて解決しようとする方向性は理解できましたが、国民の理解を得られるかどうかは別問題と感じる内容でした。
今回は年金制度改革のうち、社会保険に加入する人を増やす「被用者の適用拡大」について解説したいと思います。「103万円?130万円?年収の壁を正しく理解しましよう!!」の投稿で紹介した106万円や130万円の壁と密接に関わる内容になっています。なお、本解説は厚生労働省が公開している社会保障審議会年金部会の資料および議事録(2024年11月~12月)を参考にしています。
ポイント
- 被用者保険の適用拡大は、短時間労働者の要件緩和と個人事業所における適用事業所の拡大で行われる
- 短時間労働者の賃金要件は最低賃金の上昇を見極めて撤廃する方向である
- 短時間労働者の企業規模要件は時間をかけて撤廃していく方向である
- 従業員5人以上の個人事業所はすべて適用事業所とする方向である
- 106万円の壁は賃金要件撤廃により意識されづらくなるが、実質的には週20時間要件として残る
- 大学生の130万円の壁は150万円まで引き上げられる方向である
目次
1. 現在の被用者保険の適用要件と改正の論点
被用者保険とは、会社員や公務員など働く人(雇われている人)やその扶養家族が加入する社会保険のことです。以前の投稿「サラリーマン向け社会保険料 基本のキ!!」でも解説しましたが、社会保険には、厚生年金保険、健康保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5種類があります。
被用者保険には加入条件があり、条件を満たす人は必ず加入する必要があります。常時雇用されている70歳未満の正社員は加入が義務付けられています。個人事業主の場合、法律で定められた17業種を営む事業所で、常時5人以上の使用人がいる場合に、被用者保険の適用対象となります。適用事業所をまとめると以下のようになります。
被用者保険適用事業所
※法定17業種
パートやアルバイトなど非正規雇用の場合(短時間労働者)でも、以下の条件を満たす場合は加入することになります。
- 【労働時間要件】週の勤務時間が20時間以上
- 【賃金要件】給与が月額88,000円以上
- 【勤務期間要件】2ヶ月を超えて働く予定がある
- 【学生除外要件】学生ではない
これらの要件は、従業員51名以上の企業が対象になっています【企業規模要件】。
今回の制度改定では、被用者保険の適用を拡大していく方針のもと議論が進められています。適用拡大していく意義としては以下が上げられています。(厚生労働省「被用者保険の適用拡大」より抜粋引用)。
- 被用者にふさわしい保障の実現
被用者でありながら国民年金・国民健康保険加入となっている人に対して、被用者による支え合いの仕組みである厚生年金や健康保険による保障が確保される。厚生年金では、報酬比例の上乗せ給付などがあり、健康保険では、病気や出産に対する傷病手当金や出産手当金の支給が確保される。また、保険料についても、被用者保険では労使折半の負担となる。 - 働き方や雇用の選択を歪めない制度の構築
労働者の働き方や、企業による雇い方の選択において、社会保険における取扱いによって選択を歪められたり、不公平を生じたりすることがないようにする。適用拡大を通じて働き方に中立的な制度が実現すれば、働きたい人の能力発揮の機会や企業運営に必要な労働力が確保されやすくなることが期待できる。 - 社会保障の機能強化
厚生年金では給与や賞与等の収入から保険料が源泉徴収(天引き)されるため、適用拡大によって厚生年金の適用対象となった人は、保険料の未納が生ずることがない。さらに、基礎年金に加え、報酬比例給付による保障を受けられるようになる。また、これまでの財政検証の試算でも示されているように、適用拡大は、基礎年金の水準の確保を通じて、所得再分配機能の維持に資する。
被用者保険の適用拡大の具体的な内容について、2章で短時間労働者への適用拡大を、3章で個人事業所における適用事業所の拡大を見ていきます。また、社会保険料に係る年収の壁と第3号被保険者制度に関する議論を4章で解説します。
2. 短時間労働者への適用拡大
短時間労働者への適用拡大については、賃金要件の撤廃、企業規模要件の撤廃が方向性として示されています。この2点の議論の前に、労働時間要件と学生除外要件に関する議論を示します。
なお、引用部分(イタリック文字)は「社会保障審議会年金部会における 議論の整理」(2024年12月25日)のPDF資料からの引用です。
まず労働時間要件については、年金部会の議論の整理では以下のように記載されています。
雇用保険では、2028年10月から現在の週20時間以上から週10時間以上に適用拡大することがすでに決まっているので、次の改正では重要な論点になると見込まれます。
次に学生除外要件ですが、年金部会の議論の整理では以下のように記載されています。
ということで、労働時間要件と学生除外要件は見直しをされない方向です。
それでは見直される方向である賃金要件と企業規模要件について見ていきます。
①賃金要件
年金部会の議論の整理では、「月額賃金 8.8 万円以上とする賃金要件については、就業調整の基準(いわゆる「106 万円の壁」)として意識されていることや最低賃金の引上げに伴い週所定労働時間20時間以上とする労働時間要件を満たせば賃金要件を満たす地域や事業所が増加していることを踏まえ、撤廃する方向で概ね意見が一致した」となっています。
最低賃金が上昇してきているので、この要件を撤廃しなくても週20時間の要件を維持すれば同様の効果になるということです。8.8万円が106万円の壁の根拠でもあるので、この要件を撤廃することにより106万円の壁が意識されづらくなるという効果も狙っているものになります。
ただし、月額賃金8.8万円を週20時間で達成するためには最低賃金が1,016円以上である必要があるのに対し、現時点では最低賃金が1,016円未満の都道府県も多くあるため、最低賃金の上昇を見極めた上でこの要件を撤廃する方向になります。
②企業規模要件
企業規模要件については、平成24年(2012年)の改正で設けられたもので、開始当初は従業員数500人超の企業が対象とされ、令和2年の改正で最終的に50人超規模の企業を対象とすることとされた経緯があります。年金部会の議論の整理では、「こうした経緯も踏まえて、「当分の間」の経過措置として設けられた企業規模要件については、労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する観点から、撤廃する方向で概ね意見が一致した」とされています。
ただし、この要件を撤廃する際に対象となる事業所は従業員数50人以下の中小事業所であり、保険料等の新たな経済的負担や適用手続・従業員への説明等の事務負担が大きいと想定されることから、準備期間の十分な確保、専門家による事務支援、適正な価格転嫁に向けた支援が必要とされています。
3. 個人事業所における適用事業所の拡大
個人事業所における適用事業所の拡大については、1章で述べたように従業員が5人以上、5人未満で適用が分かれています。これに対して、年金部会の議論の整理では、以下のように記載されています。
従業員5人以上の事業者は業種によらず適用対象とするが、5人未満の事業所については今回は見直さないことにした、ということです。また、この拡大に伴う事業所への配慮等に関して以下の記載があります。
・こうした経営に与える影響を踏まえた経過措置や支援策による配慮、労務費等の事業主負担の価格への転嫁を求める意見も踏まえ、円滑な適用を進められる環境整備のため、準備期間の十分な確保、事業主や労働者への積極的な周知・広報、事務手続きや経営に関する支援に総合的に取り組むことが必要である。
特に、施行時期については、個人事業所への適用拡大の影響が大きいと考えられることから、企業規模要件の撤廃を優先して施行すべきである。その際、現在50人超の企業規模要件を直ちに撤廃するのではなく、たとえば、小規模企業者の基準である20人規模で区切るなど段階的に拡大すべきとの意見もあった。
特に、施行時期については、個人事業所への適用拡大の影響が大きいと考えられることから、企業規模要件の撤廃を優先して施行すべきである。その際、現在50人超の企業規模要件を直ちに撤廃するのではなく、たとえば、小規模企業者の基準である20人規模で区切るなど段階的に拡大すべきとの意見もあった。
従業員5人以上の個人事業所すべてを適用事業所とした場合、以下の表にようにシンプルな形になります。
非適用業種解消後の適用事業所
2章、3章で述べた要件変更をまとめると、以下のような優先度で時間をかけて適用拡大が進められるイメージになります。
【賃金要件の撤廃】→【企業規模要件の撤廃】→【非適用業種の解消】
いわゆる「106万円の壁」では、保険料負担が増えるが厚生年金給付も増える。これは全ての厚生年金被保険者に共通であり、適用拡大に伴う短時間労働者のみ異なる取扱いとなるわけではない。 他方で、給付のことは考えず、「壁」を境にした保険料負担による手取り収入の減少のみに着目すれば「壁」を感じる者が存在することから、これへの対応は「保険料負担による手取り収入の減少をどうするか」を出発点として考えることが基本となる。
4. 年収の壁と第3号被保険者制度
①社会保険料に係る年収の壁
いわゆる「106万円の壁」で、就業調整を行なっているという現実に対して、以下のような記載があります。
目の前の手取り収入が減少することが課題だと捉えるなら、この減少分を低減する策が必要ではないかということを言っています。この対応として以下のような議論が行われています。
この議論については、「この仕組みについては、労使折半原則を踏まえた観点から慎重な意見が多かった」とのことで採用されず、次に以下のような議論が行われています。
こちらの提案については、「本特例の導入については賛成意見が多かったものの、制度の細部までは意見が一致せず、一方で前述のような慎重意見や反対意見が多くあり、部会として意見はまとまらなかった」と記載されています。この議論を踏まえて、修正された提案が改正案に盛り込まれる可能性はありますが、現時点では不透明です。
130万円の壁の方では、税制改正により特定扶養控除によって扶養認定の所得要件が引き上げられるのに伴って、社会保険の被扶養者認定においても収入要件を150万円まで引き上げるべきではないかという意見が出ています。
②第3号被保険者制度
第3号被保険者制度について、以下のような記載があります。
このような制度評価の中で、今後の取組の方向性として以下の記載があります。
就労している第3号被保険者が第2号被保険者として厚生年金に加入する途を開くことが重要であるとの認識は本部会で共有されており、第3号被保険者制度に係る当面の取組の方向性としては、引き続き適用拡大を進めることにより、第3号被保険者制度の縮小を進めていくことが基本的な方向性となる。
その上で、その先に残る第3号被保険者の中には様々な属性の者が混在している状況にあり、第3号被保険者制度の将来的な見直しや在り方に言及する意見は多くあった一方で、次期改正における制度の在り方の見直しや将来的な見直しの方向性については、意見がまとまらなかった。ということで、第3号被保険者制度の改革の方針については本件は意見がまとまっておらず、継続議論となるようです。
5. 改革案に対する考察
年金部会の資料や議事録を細かく見てきました。改革の方向性に関して、さまざまな意見があることも理解できました。ここからは私見なので、こんな考え方もあるという程度で読んでいただけたらと思います。
まず最初に思うことは、社会保険は複数の異なる制度の組み合わせであるのに対し、その適用要件がひとつになっていて良いのか、という点です。雇用保険、労災保険は、年金保険や健康保険と明らかに異なる制度ですから、被用者は全員加入が原則なのではないかと感じます。
次に健康保険ですが、公的年金制度が3階建てになっているのに対し、健康保険は2階建てのように見えつつ、1階と2階で受ける恩恵の差が少なすぎるのではないかという感じがしています。さらに、最も根源的な部分としては、被用者健康保険にある扶養の概念が国民健康保険には存在しないという点です。もうひとつ、健康保険が、地域ごと、制度・組合ごとに保険料率が異なるのもどうかと感じます。私は健康保険は1階のみに統合しても良いのではないかと思っています。
セーフティネットということを考えると、これは年金制度も同様ですが、1階部分の保険料が2階部分より十分低くないと成り立たないのではないかと思います。財源の充て方論にもなりますが、1階部分に国庫負担を厚く、2階部分には事業者負担を乗せて、あるべき姿を描いた上で、何十年かかけて制度変更を行うべきではないかと感じます。今回の投稿で取り上げた適用拡大でさえ相当な年月をかけないといけないことは確実なので、現行制度ありきの改革ではなく、あるべき論から出発した改革に着手して欲しいと思います。
6. まとめ
今回は「被用者保険の適用拡大」の内容について見てきました。ひとつひとつの改革案はそれなりに理解できるものの、あるべき姿からはまだ相当遠いようにも感じました。皆様はどのように感じられたでしょうか。
サラリーマンもいずれは会社を離れて国民健康保険に加入することになります。社会保険のあり方については今後も注意して見ていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
1級ファイナンシャルプランニング技能士
CFP®️認定者
1級DCプランナー
コメント
コメントを投稿